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高松高等裁判所 平成11年(ネ)315号 判決 2000年3月31日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

控訴代理人らは、「原判決を取消す。松山地方裁判所宇和島支部平成一〇年リ第一五四号配当事件について、平成一〇年一〇月二〇日作成された原判決別紙配当表(一)を同配当表(二)に変更する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人愛媛県信用保証協会及び同株式会社伊予銀行の代理人らは、それぞれ主文と同旨の判決を求めた。

第二  事案の概要

一  原判決の引用

本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決七頁一〇行目の末尾に続けて、次のとおり付加する。

「右配当表は、乙債権について物上代位による差押をした被控訴人ら及び訴外いよぎん保証株式会社の各債権に控訴人の債権に優越する地位を認め、前記物上代位による差押の金額どおり配当し、控訴人の債権については甲債権及び供託利息の合計金額から手続費用に充てられた分を除いた金額の限度で配当するにとどめるものであった。これに対し、控訴人は、配当期日に配当異議の申出をなした。」

二  当審における控訴人の補充的主張

1  本件転付命令は、これに対する債務者吉見の執行抗告が棄却されて確定したことにより、平成一〇年五月七日に第三債務者愛媛県に送達されたときに遡って実体的効力が発生し、被控訴人らの差押(同年五月一三日差押え、翌一四日第三債務者愛媛県に送達)よりも先であるから、民事執行法一六〇条の規定からみて、被控訴人らの差押に優先するというべきである。要するに、物上代位権行使のための差押に対し、転付命令が優先することになる時期は、転付命令に対する執行抗告が棄却されたときではなく、転付命令が第三債務者に送達されたときである。このように解しないと、転付命令に対する根拠のない執行抗告によって、執行妨害が可能となり、転付命令制度をおいた趣旨が没却されることになるし、また、民事執行規則一四四条の規定は、転付命令ないし譲渡命令の被差押債権が担保物権の被担保債権となっていた場合において、転付命令等にともなう担保物権の移転登記の嘱託登記の申立(民事執行法一六四条一項)をする際に、転付命令等が第三債務者に送達された時までに他の差押及び仮差押の執行がないことを証する文書の提供を義務付けていること、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律三六条の五の規定においても、強制執行による転付命令又は譲渡命令が第三債務者に送達される時までに転付命令等に係る債権について滞納処分による差押がされたときは、転付命令等は、その効力を生じないとされていることも、これを裏付けているというべきである。

2  最高裁判所平成一〇年一月三〇日第二小法廷判決(民集五二巻一号一頁)及び同平成一〇月二月一〇日第三小法廷判決(判例時報一六二八号三頁、以下両判決を併せて「最高裁判決」という。)は、抵当権者は、物上代位の目的債権が譲渡され、第三者に対する対抗要件が備えられた後においても、自ら目的債権を差押えて物上代位権を行使することができる旨判示しているが、これは物上代位権の行使と債権譲渡の関係についてのみ判示したものであり、以下のとおり、転付命令と債権譲渡は異なるから、転付命令との関係において物上代位権の行使が優先すると解すべきではない。

<1> 抵当権設定者は、抵当権者からの物上代位権行使の前に、容易に債権譲渡をなし、右物上代位権行使を妨害することができるが、転付命令は、当事者間で任意に行うことはできず、債務名義に基づく債権執行手続として執行裁判所の命令に基づき行われるなど、転付命令を容易な執行妨害の手段として用いることは困難である。<2>債権譲渡の場合は、債権譲渡がなされても、執行債権の執行手続が終了したことにはならないが、転付命令は債権執行手続の中における換価手続であり、転付命令が第三債務者に送達されたときに遡って弁済されたものとみなされ、執行手続が全部終了し、債権者が転付命令によって実質的に債権の満足を得られなかったとしても、同一の債務名義により執行手続を行うことは不可能となる。このような場合に、物上代位権の行使が優先するとすれば、転付命令を得て執行手続を全部終了した債権者の地位を不当に害することになる。<3> 最高裁判決によれば、債権譲渡は、民法三〇四条にいう「払渡又は引渡」に含まれるとは解されないとされるが、右「払渡又は引渡」に弁済が含まれることは確立した解釈であるところ、転付命令の場合には、民事執行法一六〇条により、転付命令が第三債務者に送達されたときに遡って弁済されたものとみなされるのであるから、文理上「払渡又は引渡」に含まれると解することが可能である。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の請求を棄却すべきであると判断するが、その理由は次のとおりである。

一  原判決の引用

次に補正するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三 争点に対する当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一二頁一行目から二行目にかけての「未だ確定し実体的効力の生じていない」を「未だ第三債務者から弁済がなされる前の」と、同五行目の「未だ確定し実体的効力の生じていない」から同六行目の「解されないし」までを「未だ第三債務者から弁済がなされる前の転付命令は、その確定によって債権の同一性を保ったままで執行債権者に移転し、右移転によってその券面額で執行債権が弁済されたものとみなされるだけで、第三債務者の債務が消滅するものではないから、右「払渡又は引渡」に当たるとは解されないし」とそれぞれ訂正する。

2  同一四頁三行目の「未だ転付命令が確定し」から同六行目の末尾までを「未だ第三債務者から弁済がなされるまでの間に、優先権を有する(根)抵当権者が物上代位権に基づき差押をした場合には、転付命令が確定するか否かを問わず転付命令よりも物上代位権に基づく差押が優先すると解するのが相当である。」と、同頁一〇行目から一一行目にかけての「優先し、本件転付命令は効力を生じないものと解するのが相当である。」を「優先すると解するのが相当である。」とそれぞれ訂正する。

二  当審における控訴人の補充的主張に対する判断

1  控訴人は、本件転付命令は債務者吉見の執行抗告が棄却されて確定したから、本件転付命令の実体的効力は、平成一〇月五月七日に第三債務者愛媛県に送達されたときに遡って発生し、これは、被控訴人らの差押(同年五月一三日差押え、翌一四日第三債務者愛媛県に送達)よりも先であるから、被控訴人らの差押に優先する旨主張する。しかし、既に判示したとおり、執行債権者が転付命令を得ても、未だ第三債務者から弁済がなされる前に(根)抵当権者によって物上代位権の行使のための差押がなされた場合には、物上代位権の行使のための差押が優先すると解すべきである。

控訴人は、民事執行規則一四四条及び滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律三六条の五の規定は、控訴人の右主張の根拠になる旨主張する。しかし、民事執行規則一四四条は、民事執行法一五九条三項で転付命令が第三債務者に送達される時までに転付命令にかかる金銭債権について、他の債権者が差押もしくは仮差押の執行又は配当要求したときは、その効力が生じないものとされていることから、同法一六四条一項に定める登記の嘱託の申立をなす者は、記録上明らかな場合を除き、差し押さえられた債権に関し、転付命令又は譲渡命令が第三債務者に送達された時までに他の差押及び仮差押の執行がないことを証する文書を提出しなければならないとするもので(なお、転付命令が確定したか否かは執行裁判所の記録上明らかであるから、これが確定していない場合には当然同条に基づく登記の嘱託はできない。)、未だ第三債務者から弁済がなされる前に物上代位権行使のための差押があった場合に、転付命令を得た債権が右差押に優先することまでを定めた規定であると解されない。また、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律三六条の五の規定も右趣旨と同一の視点から定められたものと解される。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

2  控訴人は、最高裁判所は、物上代位権の行使と債権譲渡の関係についてのみ判示したものであり、転付命令と債権譲渡は異なるから、転付命令との関係において物上代位権の行使が優先すると解すべきではない旨主張し、その理由を<1>から<3>まで挙げる。しかし、<1>については、抵当権設定者は、抵当権者からの物上代位権行使の前に、公正証書を作成するなどして債権者に容易に債務名義を得させることが可能であるから、債権譲渡の場合の濫用の可能性と本質的な差異があるとは思われない。<2>については、本件転付命令にかかる乙債権は、用地買収契約に基づく建物補償金債権であって、被控訴人らの本件建物に対する抵当権の効力の及ぶ債権であり、抵当権者において、元々優先弁済に充てうる債権であるから、転付命令を得た控訴人に不利になる結果(転付命令を得た控訴人は、物上代位権を行使した被控訴人らに優先され、実体的な弁済を受けないにもかかわらず、民事執行法一六〇条により弁済を受けたとみなされる。)が生じたとしても、このことから優先の順位を変えなければならないものではない。<3>については、既に判示したとおり、転付命令が民法三〇四条にいう「払渡又は引渡」に含まれるとは解されない。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

第四  結論

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項、六一条を各適用して、主文のとおり判決する。

(編注)第1審判決及び第2審判決は縦書きであるが、編集の都合上横書きにした。

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